たかが野球・されど野球(WBCで想ったこと) 


 今回のWBCの大会は試合が進むにつれ、日本国内では急激な盛り上がりをみせたが、最終的には一時「首の皮1枚」になったオールジャパンの優勝という奇跡的な結果で終了し、改めて野球というスポーツの面白さと、日本人としてのアイデンティティーを強く感じる事ができた。

 オリンピックに代表される野球の国際大会では、メジャーリーガーのほとんどが不参加というのが実態で、たとえ優勝したとしてもサッカーワールドカップのような価値があるとはとても思えなかったが、今回のWBCにはメジャーで活躍する選手の7〜8割が祖国を代表して参加しており、その中で優勝できたことの意義はきわめて大きい。

 中でもイチローが実質的なリーダーとしてチームを牽引し、特に韓国戦で闘志をむき出しにして戦った姿とその言動は、かつての寡黙な彼のイメージを一新させるものだった。恐らく彼はメジャーでの経験と実績から、日本の投手レベルの高さと緻密な野球運びから考えて、今回のオールジャパンなら米国や中南米のチームと対戦しても決して遜色なく、それがちょっとオーバーな「向こう30年、日本には手を出せないと思わせたい」という大会前の挑発的発言になったのだろうと思われる。別に韓国を意識したものではなかったようだが、その一言がライバル韓国チームの予想外の活躍に結びつき、準決勝で日本に敗れるまで、予選リーグ6戦全勝という結果を生んだ一つの要因になったのは間違いない。

 そして疑惑というよりも、同じ審判による米国〜メキシコ戦での「明白な再誤審」から考えて、「意図的な誤審」であったと判断せざるを得ない米国戦に日本は敗れたものの、次のメキシコ戦に快勝し、アジア予選では想定外の敗戦となった韓国との対戦で、今度勝てば準決勝進出というチャンスに、再び敗れた時にはほぼこれで絶望と誰にも思われた。
 それが「意図的な誤審」に奮起したメキシコの頑張りもあり、失点率の僅かな差で米国を上回り、準決勝進出が決まった頃から日本に流れが変わり、三度目の韓国戦も途中までは1〜2戦と全く同様いやな展開だったものの、不振でスタメンを外されていた代打福留の起死回生の一発が大きく効いて、終わってみれば6−0の完勝、そのままの流れで決勝のキューバ戦も8回に1点差に迫られ一瞬ヒヤッとさせられたものの、9回に大量追加点を入れて突き放し、見事優勝となった展開はまるで日本人向けに作られたドラマのようであった。


 勝負の世界は厳しいもので、もし仮に順当に米国がメキシコに勝って準決勝に進出した場合、それまでの王監督の采配を含め、本来の実力の半分も出せていなかったイチローや、チャンスで凡退を続けた4番松中、打撃不振で先発を外された福留、高校球児並みのエラーで韓国戦敗退のA級戦犯今江等々、マスコミその他周囲からのブーイングは相当激しいものがあったであろう。

 一方韓国は例え準決勝で米国に敗れたとしても、日本に2連勝したことでアジアNo1の地位を確保したことは事実であり、3年後の大会までは例によってイチローへの皮肉を含めて「やりたい放題、言いたい放題」となったことであろう。しかし野球の神様はそれを許さず、イチローに「野球人生最大の屈辱の日」を経験させた上で、逆に「最高の喜び」を王監督以下の選手はもとより、我々日本人全員に与えてくれたのであった。

 今回のWBCの試合運営を見ると、正に「米国の・米国による・米国のための」大会としか思えないやり方であり、おまけに審判の応援で1点ずつのハンデまでもらいながら、最強軍団と言われた米国が予選敗退したのは真に皮肉な結果である。ヤンキースの松井は最後までWBC出場を迷って結局辞退したが、聞くところによると高額契約延長した球団オーナーからの強い要請があっての判断だったそうで、これも後から考えれば日本の戦力アップを防ぐための圧力だったとも言えなくはない。なぜなら同じヤンキースの看板スターであるAロッドやジーターは米国代表の一員として戦うことが許された訳であるから。

 出場辞退ということでイメージダウンした松井に対し、逆にイチローは従来のイメージを大きく変えることとなった。しかしこれが恐らく彼本来の姿なのであり、今でも心は「純粋な野球少年」のままなのであろう。今回初めて日の丸を背負って戦うこととなり、オールジャパンのユニフォームが決定された際、帽子だけでもと日本からわざわざ取り寄せて、鏡の前で胸をワクワクさせながら何度もかぶってみたそうである。

 日本を離れてすでに5年、あこがれと不安をかかえたその後ろ姿をセーフコフィールドのライトスタンドから眺めたのがつい先日のような気がする。その後5年連続200本安打を打ち、一昨年は262本というメジャー記録を更新する中で、初年度を除いてチームは低迷し、最近は正に孤軍奮闘といったところであった。単に言葉の壁だけではない文化の違いからくる意思疎通の問題も感じていたであろうし、それが今回は「日本」を背負って戦うという最高のモチベーションの中で得た優勝であり、この経験はこれからの彼の野球人生にとっても大きな意味を持つことであろう。

 野球というスポーツはホームランの魅力もさることながら、当たり前ではあるが勝利のためには出塁した選手を確実に次の塁へ進め、ホームに返すための技術を競う、いわゆる「スモールベースボール」が正しいことが今回証明された。そしてやり方を工夫すれば、こんなにも皆を熱狂させられる楽しいスポーツであることが再認識できたのが、かつて王や長嶋が活躍し、それに熱狂した中高年の我々としては何よりも嬉しい。

 この優勝で日本人選手の評価は益々高まるであろう。そして近い将来松坂がヤンキースに入団しイチローはトレードで移り、松坂の快投と1番イチロー、4番松井の両翼コンビの活躍でワールドシリーズに優勝できたならという考えなど最近まで「夢のまた夢・・」でしかなかった。しかしながら今回のWBCでMVPとなった松坂を、ヤンキースが指を咥えて放っておくはずもなく、もしかしたらとの淡い期待をこめて、「その夢」が実現するよう強く願う次第である。
                                     以上  06/3/25記